苦い文学

懐かしいマウント

マウント取りで難しいのはそれがあからさまであってはいけないということだ。

なにしろ相手がその場でマウントを取られたと感じたら喧嘩になってしまう。だが、かといって相手が気がつかないではいけない。言われた相手がなんとなく違和感を感じるとか、はっきり言えないけどイヤな感じがする、とか微妙なラインを狙うのだが、これが実に難しい。

さらに難易度が高いのは、後からじわじわ効いてくるマウント取りだ。これは、言われたときはまったく気がつかずにいるが、帰宅してその日のことを思い返しているうちにムカついてくるというものだ。言い返そうと思ってももう遅い。なにしろ相手はもういないのだ。

マウント取りもこの域に達するには、相当の鍛錬が必要だが、これを簡単にしかも安全に実現できる「マウントことば」を、私は発見した。

それは「うわ、懐かしい〜!」だ。何かしている人なら誰にでもマウントの取れるワードだ。

単なる個人的な述懐のように聞こえる。だが、実は後からジワジワと効いてくる。

まずここには自己の絶対的優越性が潜んでいる。「あなたのしていることは私にとってはすでに乗り越えられた過去のことであり、あなたは私の何歩も後ろを歩いているんですよ」だ。

またこの言葉は相手のしていることも卑小化してみせる。「おやおやとっくの昔に私が通過したつまらないことをやっているね」

そして、このことばによく耳を傾けてほしい。どことなくおどけた感じがあるではないか。このユーモア感こそ、このマウントことば全体を親しげなものに仕立て上げ、相手を誤解に導くものだ。だが、その背後には「最前線にいる私から見るとほほえましいね」という嘲りが隠されている。こう言われた者は、効果テキメン、その夜遅く、布団の中で切歯扼腕すること疑いなしだ。

こんなに簡単で安全なマウント言葉はめったにない。マウント取りの諸君にはぜひこの「うわ、懐かしい〜!」を活用してほしい。ただし、「うわ、懐かしい〜!」とさっそく試みている諸君が、私に「うわ、懐かしい〜!」と言われたとしても、無理ないことと諦めてほしい。