苦い文学

『中車藝話』

『中車藝話』(築地書店、昭和十八年刊)は、明治から昭和初めにかけて活躍した歌舞伎役者、七代目市川中車の自伝だ。いつどこで、そしてどうしてこの本を買ったのか、自分でも覚えていないのだが、とにかくいつも本棚にあるので、このあいだ読んでみた。

そしたら、奇妙な話ばかり出てくる。もしかしたら、私が知らないだけで、誰でも知っているような話なのかもしれないが、面白かったので、そのいくつかを思いつくままに列挙しておく。

・市川中車は幕末から子ども役者を務め、いわゆる「どさまわり」を経験した人だが、そのどさまわりのとき、墓場で死体に噛みつかれた。
・14〜5歳のころ、パトロンに連れられて遊郭にいく。すると、花魁が役者に惚れて困るのでウチは役者を客にしない、と遊郭の主人に断られる。面目を潰されたパトロンが後日、現代のドラマでは決して放送できないような手段で仕返しする。
・深い仲になった花魁と心中しようとして、かえって別の心中を助ける。
・盲目の役者が化狸に導かれたという。
・出かける前に神棚に魂を置いていく役者がいたそうだ。
・亡くなった前妻が心霊現象を引き起こす。

私は歌舞伎のことなどまったくわからないので、芸に関する話はほとんど理解していないと思う。だが、それでも普通の読み物として十分に楽しめた。