押しボタン式信号機のある横断歩道では、誰でも知っているように、信号は勝手に変わってくれない。道を渡りたいときに自分でボタンを押して、信号を青にしなくてはならないのだ。もしボタン式であることを知らずにいたら、ずっと待ち続けることになるが、これはしばしばあることだ。
私はこの押しボタン式信号機にイヤな思い出がある。とある横断歩道で、男が待っていたのだ。後から来た私はその隣に立った。男の脇には電柱があり、そこに黄色い「押しボタン」装置があった。見ると「おまちください」の表示になっている。つまり、すでにボタンを押してくれていたのだ。
やがて車が停止し、信号が青に変わった。私は少し急いでいたので、小走りに渡ろうとすると、後ろから声が聞こえた。「俺がボタンを押したんだから、俺より先に渡るな!」 私は怖くなり、そのまま足を早めて逃げたが、これは非常に不愉快な経験だった。
そんなわけで、私はこの押しボタン式信号機のあるところでは慎重にふるまうようになった。先に押して待っている人がいるときは、その人が歩き出してから渡るようにしている。自分が先に押したときだって、決して先にはいかない。むしろ、慎み深いところを見せようとして、他の人を先に行かせる。どんなに急いでいてもだ。
もっとも、なかには上品で奥ゆかしい人もいる。横断歩道の前で、「どうぞお先に」「いえ、そんなことはできません。そちらこそ、どうぞ」などと譲り合いになり、結局、信号が赤になってしまう。