苦い文学

新宿駅の秘密

昔、JR 新宿駅は、東西に分かれていた。まるで冷戦時代のベルリンのようで、自由に行き来することなどできなかった。つまり、いったん東口に出たら最後、西口にはけっして行けなかったし、西口に出た者も同様だったのだ。

もちろん、どんな境界をも乗り越えていこうとするのが人間だ。東口と西口を繋ぐ細い秘密の獣道がいつの間にかできあがっていた。若いころの私たちはその通路を通って、東西をこっそり行き来していたものだ。ときどき売店でお饅頭とか買ったりして。

そうではあっても、私たち地元の民にとって、JR 新宿駅がこんなふうに分断されていることは悲劇だった。小学校のどのクラスにも新宿駅に分断された家庭の子どもがいたし、東西に隔てられた恋愛は常に悲しい別れに終わった。同じ新宿区民なのにどうして一緒になれないのだろうか? 私たちはそんなふうな悲しい疑問を抱きながら大きくなった。

それが、ある日のことだ、驚くべき発表がなされた。JR 新宿駅に東西を繋ぐ一本の大通路を作るというのだ。私たちが長年夢見てきた、まさに新宿区民の悲願であった。私たちは歓喜し、その完成を心待ちにした。

そして、それはついにできた。「新宿駅東西自由通路」という立派な名前までつけられた。自由! まさに自由だ。私たちは自由に大手を振って東西を往来し、どの改札口であろうと東西に抜けることができるようになったのだ……ああ、だがその後になんということが起きたことだろうか!

もしかしたら、と私は思うのだ。駅の構造の複雑さというものは一定なのかもしれない、と。「新宿駅東西自由通路」ができて、駅構内の構造が単純になったかと思いきや、今度は小田急線、京王線、西口広場のあたりに複雑怪奇な迷宮ができているではないか。いま、JR 新宿駅は、入ることもできないし、出ることもできない、恐ろしい悪魔の城だ!