政府が、米の輸出量をこれまでの8倍に相当する35万3千トンにまで増やすという計画を立てた。これに今、日本中の群衆が怒り狂っている。
「米不足で、米の値段が高騰し、いずれ一粒百円にもなろうというのに、外国に売るとは!」
「貧乏人は麦を食えとでもいうのか!」「我々はゼロ穀米しか食べられないというのに!」
これに対して、冷静で理知的な意見を述べる声もある。米の輸出は、米の生産量の増加と生産基盤の拡充につながり、結果的に国内の米の供給と価格を安定させる、というのだ。
これはもっともな意見で、知的な私もそう思う。だが、そうであっても、私は米の輸出には反対だ。それは先にあげたようなヒステリックで不合理で非論理的な群衆の意見に同調してのことではない。
まったく違うのだ。私はこんなことをしでかす日本政府を恐れているのだ。
考えてもみてほしい。米は世界中にあるが、日本のような米は日本にしかないのだ。野坂昭如が「米を神のように大切にしているのは日本人だけだ」などとよく書いているが、これが本当かどうかはさておき、「日本の米を神のように大切にしている」のは間違いなく日本人だけだ。
日本の米は私たちを育み、精神を形づくり、日本の伝統を作ってきた。そう、日本の米は日本人の魂なのだ。
そんな日本人の魂まで外国に売ろうというのだから、海外出兵は間近だと見るべきであろう。