苦い文学

切り取りの怪物(2)

「フンガー!」

広い世界に飛び出した怪物は叫んだが、その声にはどこか物寂しげな響きがあった。なぜなら、怪物は、恐ろしげな外見とは逆に、純粋で美しい心の持ち主だったからだ。いや、そんな見た目だったからこそ、心がいっそう清らかになったのかもしれぬ。

そんな心美しい彼をもっとも苦しめたのは、出会う人出会う人、彼を見るや悲鳴をあげて逃げていくことだった。

彼は思わず醜い自分を呪った。「フンガー!」

そのときだ、耳をつんざくような叫び声が彼の耳に飛び込んできた。ハッと見ると、自動車が今にも子どもの列に突っ込もうとしているのだ。怪物は我を忘れて車の前に身を投げ、その車体を跳ね飛ばした。あわやというところで、子どもたちの命を救ったのだった*。

だが、なんということだろうか。子どもやその親たちは、怪物に感謝するどころか、ツギハギだらけのその姿に悲鳴をあげ、拳をあげて憎悪をむき出しにしたのだ。

「フンガー!」 怪物は絶望の呻き声をあげた。ああ、切り取り報道から生まれた存在に、この世の居場所などあるものだろうか?

(*怪物のいる前で、都合よくこんな事故が起きるなど、できすぎた話だと思う人もいるかもしれない。だが、我が国の車は子どもの列と見ると突進せずにはいられないのだから、こんなことは実にありふれた出来事なのだ。こうした事故を根絶したいのならば、もっとアメリカ車を輸入すべきだろう。)