「ぶつかりおじさんという概念が誕生して以来、おじさんたちの外出はますます不穏なものとなった。
そもそも、犬も歩けば棒に当たるの諺の通り、外に出てまったくぶつからないというのはありえない。ことに足腰の衰弱のためフラつきがちで、わずかな凸凹にもつまづきがちなおじさんには至難の業なのだ。だが、不寛容な現代社会は、おじさんが不注意にも他人の肩をかすめた程度でも、「ぶつかりおじさん」のレッテルを貼りつけるのだ。
そこで、おじさんたちが安全に外を歩けるようにするためのいくつかの方法が考案された。
まず、「おじさん歩行中」というステッカーを体中に貼り付け、周囲の注意を促す方法が提案された。だが、これは、おじさんたちの拒絶反応によって迎えられた。「初心者マークじゃあるまいし!」「ヘルプマークなんてみっともない!」 おじさんたちにとって、自分たちが弱者であるという考えは我慢ならなかった。
次に、人の少ないオフピーク通勤の活用が推奨された。だが、おじさんたちはこれもガンとして拒否した。なぜなら自分の人生がすでにオフピークであることを認めるような気がしたからである。
さらに、おじさんがぶつからないようにするためのトレーニングも開発された。柔軟体操を通じて体をほぐし、敏捷性を向上させるためのメニューが開発された。しかし、おじさんたちは「ストレッチなんか女子どものやることだ!」と嘲笑った。自分たちにふさわしいのは、派手でかっこいいものだけだと思い込んでいたのだ。
そこで、もっと運動性の高いトレーニングが開発された。それは押し寄せる障害物を巧みに交わしながら前へと進む訓練法だった。
おじさんたちはすぐさまこの過激な訓練法に夢中になった。おじさんたちはみな「豚だ! 豚!」「少年院の力石徹だぞ!」と興奮したが、若者たちはなんのことかさっぱりわからなかった。