義太夫一日体験教室の会場に入ると、「三味線コース」用の三味線と座布団が並べられていた。座布団があるのは心強い。先に来ている参加者はみな正座をして待っているようだったが、私はできるだけ正座を始める時間を先延ばしにしたかったので、座布団の上であぐらをかいた。しかし、それでもしばらく座っていると、足が痛くなり、痺れてきた。正座以前の問題であった。はたして90分耐えられるのか、不安になってきた。
だが、結局のところ、私は耐えしのぐことができた。もちろん急に正座ができるようになったわけではない。ひとつには、講師の先生が、現代人の足事情を十分に斟酌した上で、こまめに足を伸ばす時間を与えてくれたことによる。そしてもうひとつは、他の参加者にとっても正座はやはり苦痛だったことが大きい。私ばかりではなかったのだ。
そして、他の人々のつらそうな声や足を伸ばしたときの安堵の声を力に私は、足の指を立てて尻を浮かせたり、少し足を崩したりして、できるだけ楽な姿勢をとることができたのであった。
午後は「語り」コースで、このときは、持ってきたクッションを使って、さらに楽な姿勢で過ごすことができた。だが、休憩で足を伸ばしたとき、私は思わず苦悶の声を上げた。左足の内腿がつってしまったのだ。
私はかなり慌てた。左側の内腿がつると、必ず右側の内腿がつる。そうなると、もう身動き取れなくなり、苦しみながらのたうち回ることになる。この場でそんな醜態は晒せない。
しかし、不思議なことに、左内腿の痙攣は伝播せず、しばらくすると落ち着き、再び正座ができるようになった。まさしくおみくじの「くるしみありたる後次第によろしきかたちなり」どおりの成り行きで、私は帰るときに感謝の印としてお賽銭でも入れようかと思ったが、忘れてしまった。(おわり)