苦い文学

レストランの忍者

これからの時代、日本でレストランに行くということは、おのれの気配を消し、物音を立てずに移動する術を身につけたもののみに許された行為となるだろう。忍者のような人間だけが、レストランで食事を楽しむことができるのだ。

そもそも入店からして難しいのだ。自動ドアを開くときも気づかれないようにまず猫の鳴き真似をして、ホール係の注意を逸らす必要がある。それから、ホール係に見つからないように素早く床這うようにして進み、空いているテーブルに座るのだ。

席についたからといって安心はできない。まず絶対にホール係に目を合わせてはいけない。まるで店の人などいないかのように、自分の携帯か備え付けのタブレットでオンライン注文するのだ。

「おーい、すみません、メニュー!」とか叫ぶのは禁物だ。店から追い出されるだけマシで、通常はフォークでグサリだ。

注文の品が運ばれてくるときが、レストランでいちばん緊張するときだ。皿を置くホール係に気づいたそぶりは決して見せてはならない。まるで魔法のようにひとりでに皿が飛んできて、テーブルの上に置かれる、そんなふうに思い込むのだ。

ときおり、我慢できずにホール係をチラと目を向けたのを見咎められて、追い出されるものもいる。レストランはいかなる形でも客との交流を拒絶している、だからこそオンライン注文なのだ、ということを肝に銘じなくてはならない。

ごくまれにだが、ネットワークの不調のせいで、きちんとオンラインで注文したにもかかわらず、待てど暮らせど頼んだものがやってこないことがある。昔ならばホールの人を呼んで「注文通ってますか?」とか「もしかして忘れてますか?」などと直接たずねるところだが、今はそんなことをすれば一発退場だ。

そうした不測の事態が心配な人は、テーブルを確保したらまず、UBER かなにかで注文して、席までデリバリーしてもらうのがいいだろう。