苦い文学

何があったか彼女に言うのだ

私はいったんホテルに戻り、9時半過ぎに警察署に行った。待合室には何人かの人々がいて、3脚ある椅子に空きはなかった。

横の部屋を覗き込むと、別の年配の男がいた。私は中に入り、事情を話した。パスポートの提示を求められたので渡す。男は名前などを確認した。

「どこで盗まれたのか?」

「X ホテルです」

「X ホテルというと、この近くの?」

「ええ」

「で、いくら?」

「20ドルと日本円で3万円です」

「3万円というと、いくらぐらい?」

私は通貨のアプリで換算してみせた。「650 ディナールぐらいです。それで、日本に帰って補償を請求するために盗難証明書が欲しいのです」

男は私に外で待つようにいった。待合室は椅子に空きがなかったので、カウンターのような台に寄りかかっていると、さっきの男が私に椅子を持ってきてくれた。

待合室の奥の壁にボードが貼ってあって、紛失証明書にいくら、失踪届にいくら、などと発行手数料が書いてあった。自分も必要なのだろうか、などと考えて待った。男がいる部屋で誰かがしきりに怒鳴っていた。警察24時だ。

さっきの年配の男が出てきて、私を呼んだ。男は待合室の奥の通路に私を案内し、右手にある扉を開けた。大きなデスクとソファが置かれた部屋があった。男はそのデスクの向こうに回り込み、椅子に座った。デスクの上にはアクリルのネームプレートがあった。デスクの前に椅子が置かれていて、私にそこに座るよう促した。私はこのときようやく彼が署長で、ここが署長室だということに気がついた。

年配の女も一緒に署長室に入ってきた。署長はその女もデスクの前のもうひとつの椅子に座らせた。

「この人は」と署長は私に言った。「X ホテルの支配人だ。何があったか彼女に言うのだ」