桃源郷の昔から、人々はたまさか垣間見た異界のありさまを記録に残してきた。今回お伝えする話もその類といえるかもしれない。
私の友人に X という研究者がいる。その彼が国際学会で発表するために、ある小国の首都に滞在していた。学会の最終日、他の研究者との交流ののち、彼はホテルに戻った。帰国の便は翌日朝だったため、そうとう早く出なくてはならない。彼は荷造りと寝支度にとりかかった。
あとはもう寝るだけとなって、彼はこの国にきてから一度もテレビを見ていないのに気がついた。メディアに関する研究をしている彼は、外国に行くと必ずテレビ放送をチェックするが、今回ばかりは忙しくてテレビをつける暇すらなかったのだった。
そこでテレビをつけた。もう深夜だったから、残念なことに現地のテレビ放送はほとんど終わっていた。彼はチャンネルを順に押していった。アメリカの映画やヨーロッパのドラマがときどき画面に現れた。そして、かなりチャンネル番号が進んだところで、NHKの国際放送にでくわした。
しばらく見たのち、彼はさらにチャンネルを押し続けた(「深く潜る」と彼は表現した)。映るのはいわゆる砂嵐ばかりで、もうなにも映らない領域に到達したかのようだった。このまま押していっても、もとの「1」に戻るだけだ、と彼が思い始め、惰性でリモコンのボタンを押していると、不意に日本語が飛び込んできた。