苦い文学

KIRINJI 病

私の友人が急病で病院に搬送されたと聞いて駆けつけた。絶対安静と掲げられた病室の前に行くと、年老いた彼の父がいて、容態を聞くと命に別状はないとのことで一安心した。

「いったい何の病気なんですか。この間会ったときは元気に見えましたが」

「実は、数ヶ月前から調子がおかしくなっていたのです……」と彼の父は詳しく教えてくれた。

私の友人は音楽が好きで、古いものから最新のものまで何でもよく聴いていたのだが、あるとき若手のミュージシャンの曲を聴いているとこんなことをつぶやきだした。

「これはなんだか KIRINJI の影響を受けているな」

KIRINJI とは、今の日本の音楽に多大な影響を与えているミュージシャンで、彼がそう思うのも無理からぬことであったが、話はそれだけでは済まなかった。その日以降、彼はなにを聴いてもこんなふうにぶつぶつ言うようになってしまったのだった。

「このメロディーの流れは KIRINJI の『愛の Coda』だな」
「なんかわからないけど雰囲気が『ニュータウン』だぞ」
「ちょっと待てよ、これは『まぶしがりや』のコード進行のヴァリエーションかな」

家族は不安げに見守るしかなかったが、今日、いきなり「なんだこれは KIRINJI の『雲呑ガール』そのままじゃないか!」と大声で叫ぶと、卒倒した。なんでもそのとき彼は YouTube で「オバケのQ太郎」の主題歌を聞いていたのだという。

それで今回の緊急搬送となったが、医者は意識を失った彼を見るなり、家族にこう言ったそうだ。「ほら、この爪を見てください。痩せているでしょう。これは KIRINJI 病 の初期症状なんです」

この KIRINJI 病、国内で症例が数例あるのみという珍しい病だというが、さいわいだったのはここで治療に入れたことで、十分に完治可能だという。だが、もしこのまま放置していたら慢性化する恐れがあったとのこと。そうなると、ガラスのベルが鳴り響くのを聞いても、夜に子どもの泣く声が踊り場に響いても、KIRINJI に聞こえるようになってしまうのだそうだ。

今、彼は医師の厳重な管理のもと治療を受けている。朝昼晩に抗 KIRINJI 剤を投与されているとのことで、近いうちにヤバめのライムでパンチラインをフローに乗せる元気な彼の姿が見られるかもしれない。