苦い文学

マンの言葉

【コラム】
「おんなこども」という言葉に如実に現れていますが、私たち男は「社会の主役として女性や子どもを率いねばならない」という考えを、意識的に、あるいは無意識のうちに刷り込まれてきました。

そうした考えはかつての同質的な社会では通用していたかもしれませんが、多様な人々がそれぞれの幸福を追求する現代社会ではかえって批判の対象となっています。

たとえば、マンスプレイニングという言葉があります。「男(man)」と「説明する(explain)」をくっつけたものですが、これは、男性が得てしてしがちな、女性に対して得意げに説明したがる行為を表すものだそうです。

また、マンスプレッディングという言葉もあります。「男(man)」と「広げる(spread)」を合わせたこの言葉が批判しているのは、男性が電車の中で足を開いて座る行為だとのことです。

「わかった、もう女になんか説明してやらん」「なんだデカくて悪いのか」とそうお怒りになる方もいるかもしれません。ですが、この二つの言葉が指摘しているのは、私たち男がしばしば相手の気持ちを考えずに物事をしがちだという傾向です。そして、いわゆる「男性中心社会」の中で、そうした傾向の恩恵を許されてきた私たちが批判されているのです。

私たちは態度を変えるべきときに来ているようです。相手、とくに女性に配慮し、互いの関係が対等になるように調整し、協力関係を打ち立てるように努めることが、今後ますます大切になってくると思います。そして、そのような協力的な男性となってはじめて私たちは、マンスプレイニングやマンスプレッディングではなく、マンコーポレイティング、マンコーディネーティングと声を大にして言えるのではないでしょうか。