苦い文学

せんべろ以上

「二百べろですって?」と私は叫んだ。

「ええ、二百べろが可能なのです」

「なんと酒呑みにやさしいではないですか」 私は思わず興奮してしまった。「なにしろ、失業中の身には千円でもつらいですからね……あ、いや、昔はこれでもせんべろで酔っていた身分でした」

「かつてはずいぶん羽振りが良かったのですね」

「お恥ずかしい話で……で、その二百べろはどこにあるのです」

「なに、すぐそこでですよ……」 そういう彼は私を上野駅に連れていった。「なるほど、上野ですか。確かに安く酔える店がありそうです。で、どんな店なんです」

「まあ、お待ちなさい」と彼は駅の売店でガラスカップの酒を2個買った。200 ml 入りで、200 円。その酒をどうするかと思っていたら、私に1個渡すではないか。「ひとつぐいっとやってください」

私は腹を立てた。「なんだ、その手には乗りませんよ。確かに 200 円かもしれませんが、そんなもんじゃべろべろのべの字にもなりませんよ。5本飲んで、ようやく酔いが回るくらいですよ」

すると彼は「まあ、まあ、私の言うとおりになさい」とスタスタ歩いていくではないか。慌ててついていくと、私たちは中央連絡通路に出た。この通路は、上野駅中央改札口と常磐線、山手線・京浜東北線などを繋ぐ通路だ。

「この中央連絡通路は、日本でいちばん天井が低い通路なのです。しかも、天井から突き出た梁の部分を見てください。黄色いクッションが取り付けられているでしょう。あそこがもっとも天井が低いので、頭をぶつける人が続出するため、あんなふうに保護しているのです」

「それが二百べろとなんの関係があるのです?」

「見ててごらんなさい。ほら、あの人」と彼はひとりの千鳥足の男を指差した。「彼は私たちの仲間ですよ!」 

私が見ていると、その男はふらふらとよろけて、黄色いクッションに頭をぶつけた。「あっ」 私が叫ぶと彼はほほ笑んだ。「大丈夫ですよ。あれはわざとぶつけているのです」

「なんでですか?」

「なんでって、酔いのまわりをよくするためですよ!」 こう話している間に先ほどの千鳥足の男はまた別のクッションに頭をぶつけた。ぶつけるたびに足元がいっそうおぼつかなくなるようだった。

「私のみるところ、あの友人は10回ほど頭をぶつけていますね。二百べろ達成ですよ!」

私はもう我慢できなくなった。もらったカップを開けると一気に飲み干し、天井の低い通路に飛び込んだ。さっそく一回頭をぶつける。

彼が叫んだ。「その調子! 今の感じだとまだ九百べろですね! 二百べろにするためにもっとたくさん頭をぶつけるのです!」

私はいくども頭を打ちつけ、次第に酔いがまわりべろべろになっていった。朦朧とした頭の中で、私はこの中央連絡通路にあの千鳥足の男だけでなく、他にもたくさんの酔漢が足をくねらせながら、頭をぶつけているのを見た。ここは酒場だったのだ!

いつのまにか、私の友人も加わっていた。頭を血まみれにした彼は、上機嫌に笑っていた。「これぞ酒呑み天国だ!」 「そうだ!」 私たちは勢いよく互いに頭をぶつけ、そのまま昏倒した。