苦い文学

未来の歴史

最近、研究者と知り合いになった。なかなか近づきになる機会もないので、私は思い切っていろいろ質問してみた。

なんでも歴史の研究者だという。「徳川綱吉とかですか」と私が尋ねると、研究者は笑って「ええ、それも歴史の研究ですが、少し違うのです。貴族の歴史を研究しているのです」

「貴族というと、江戸時代にはいないですよね」

「いいえ、いましたよ。ですが、私の研究しているのは昔の貴族ではなく、未来の貴族なのです」

「未来に貴族が?」

「ええ、未来世界では貴族がいっぱいなのです」 研究者は私に未来の貴族社会について教えてくれた。確かに銀河の皇帝はもちろん、伯爵や男爵で溢れているのだ。

「ところで」と研究者。「現在の日本には貴族はいませんよね」

「ですが、勲章はありますよ」と私は上級国民のことを思い出しながら言った。

「なるほど、それも貴族社会の名残のようなものですね。ですが、基本的には貴族はいませんし、そうした名残もますますなくなっていくでしょう。これは実は世界的な傾向なのです。貴族という身分制がなくなって、誰もが平等だとする民主主義が広がりつつあります」

「確かに。でも YouTuber は貴族みたいに威張ってますよ……」 研究者は私の言葉を聞かずに話しはじめた。

「ですが、おかしくありませんか? 世界が今後ますます平等になっていくのに、遠い未来ではなぜか貴族がたくさんいるのです。どういう歴史的な過程を経て、未来においてこの貴族が生まれたのだろうか、それが私の研究テーマなのです」

「大変なご研究ですね」

そのとき、この歴史研究者の隣にいた別の研究者が口を挟んだ。

「私も実は似たような研究をしているのです」

「なんと、それはどういった」

「フェミニズムの歴史です」

「というと、生類憐れみの令とか?」

「いや、フェミニズムとは、男性の一部としてではなく、ひとりの人間として女性も生きることができる、という考え方です。現在の世界ではこうした考えが徐々に広がっています。ですが、ここで問題があるのです」

「どんな問題ですか?」

「未来は、現在よりも確実に女性が自分らしく生きることのできる社会になっているはずなのですが、どうしたわけか、どの女性もみなビキニを着て宇宙を飛び回っているのです……いったいどういう歴史的な過程を経たのでしょうか……」