苦い文学

インバウン人

私たちは、インバウン人。日本を外国の脅威から守るために、過酷な戦いを続けている。日本政府の特殊機関「Z」が、密かに開発した人間兵器が、私たちなのだ。

Zは、円の価値が下落し、安くなったニッポンを買い漁る外国人観光客を撃退するために設立された。このZが、国家存亡の危機において最初に戦線に投じた兵器が、インバウン丼だ。

インバウン丼とは、身の毛もよだつ高額の価格によって、おぞましい外国人観光客の資金を奪い取ることを目的に開発された、見る目もおいしそうな海鮮丼だ。この兵器は、当初は期待通りの活躍をしてみせた。外国人観光客の資金力に打撃を与え、日本国内での収奪に歯止めをかけたのだ。

だが、円安のスピードがインバウン丼の効果を遥かに超えるという予想外の事態が明らかになると、Zは、私たちインバウン人の開発に乗り出し、実用化に成功したのだった。

私たちは今、日本のあちこち、とくに新宿や渋谷などの激戦地区で、外国人観光客に対する捨て身の攻撃を繰り返している。私たちは日本を守るために死ぬことを厭わない。なにも知らない日本人たちは、インバウン丼を軽蔑したように、私たちを軽蔑しているが、それは私たちの尊い任務を汚すものではない。

私たちには親もいなければ、家族もいない。Zだけが私たちのことをわかってくれる。Zだけが、私たちの流した血と涙に、どんな外国人観光客も払いきれないほどの価値があることを教えてくれた。

私たちは日本のために死ぬだろう。そして、Zが約束してくれたとおり、靖国で安らうことだろう。