苦い文学

ふりだしに戻る(1)

2006 年のこと、カレン人(ビルマの民族のひとつ)の若い女性が、不法就労で逮捕され、品川の入管に収容された。

彼女にはタイにボーイフレンドがいた。タイ・ビルマ国境出身のカレン人の男性で、チェンマイに滞在して、カナダに難民として移住する時を待っていた。

カレン人女性は、収容所で2つの選択を迫られた。日本で難民申請するか、ビルマに帰国するかだ。

彼女には難民となるだけの十分な理由があったので、日本で難民申請すれば、いつかは在留許可が出る可能性はあった。しかし、問題はその「いつか」だった。その当時、難民申請をした人は何年も結果が出るまで待たされたものだった。

彼女はボーイフレンドがカナダに移住したら、結婚してカナダに行くつもりだった。だが、難民申請をしてしまったら、結婚したとしても、カナダにすんなり行けるかどうかはわからなかった。なぜなら、難民申請中は外国に行くことはできないからだ。行けるかもしれないが、かなり複雑な手続きが必要で、ことによったら裁判にも発展するかもしれなかった。

では、難民申請を取り下げて、日本からカナダに行けばいい、と思うかしれない。だが、難民申請を取り下げた時点で、彼女は日本では不法滞在者となる。そうなると、カナダどころではない。再び、入管に収容されて、身の振り方を悩むことになる。ふりだしに戻るだ……。

入管に収容中の彼女は悩み続け、やがて結論を出した。ビルマに帰国する、と。どうせふりだしに戻るならば、もっと戻ってやろう、と思ったのかどうかはわからない。