貧富の格差がますます広がり、貧困層はもはや本業だけでは生きていくことができなくなった。いまやスキマ時間を活用して稼ぐしかないのだ。
スキマ時間で稼げるような仕事はスキマの仕事だった。人々は、スキマを見つければ見つけるだけ金になることを知った。スキマこそ金だったのだ。人々はスキマの仕事を求めて、社会のスキマの奥へ奥へと入り込んでいった。
そのいっぽうで、富裕層の世界も激しく変化を遂げていた。進歩したテクノロジーによって富裕層はますます豊かになり、超高性能 AI が貧困層の本業を根こそぎ奪っていった。本業を失った貧困層に残されたのはスキマだけであった。
貧困層は、さらなるスキマを目指した。社会の最奥に沈潜し、知覚の閾値以下の空間に身を隠した。スキマに適応して進化した結果、貧困層は完全に社会から見えなくなった。富裕層は貧困層の存在を感知することもできなくなった。
貧困層は極小のスキマでのびのびと手足を伸ばし、繁殖し、発展し、やがて独自のスキマ文明を築き上げた。
そして———世界をスキャンする富裕層のある科学者が、不可解な生命反応を観測した。科学者は分析のすえ、次のような結論に至った。
「この世界には私たちとは異なる生命体が潜んでいる。私はこの生命体をスキマ人と名づけよう。もし、ファーストコンタクトが実現すれば、私たちはこの知的生命体から高度な科学を学ぶことができるかも知れない」
科学者がそう発表すると、富裕層の社会は猛烈な批判を浴びせかけた。科学者は学会を追放され、地位も信頼もすべてを失った。そして、ある日突然姿を消した。
弟子たちは、科学者がスキマに消えたと証言している。