苦い文学

駅の演説

吉田六郎さんは都内の会社に勤める会社員でした。毎日毎日、過酷な満員電車に乗って出勤するうちに、日本の労働について考えるようになりました。

「日本は少子高齢化により労働者人口が減っていくのが確実なのに、満員電車などの厳しい労働環境のままでいいのだろうか、と、そんなことを考えるようになりました」(吉田さん)

そんなときに出会ったのが、政党の立候補者公募。吉田さんは日本を変えたいという気持ちから応募し、選考ののち党から推薦を受けることとなりました。

「満員電車をなくしたいという、熱意にあふれた吉田さんを応援したいと(決定しました)」(党関係者)

選挙が公示されました。立候補に先立ち仕事を辞めた吉田さんにとって、すべてを賭けた選挙活動の始まりです。

選挙ポスター、事務所の設立、日程の調整……吉田さんは党の支援を得ながら選挙活動を進めていきます。中でも力を入れたのは、朝早くからの駅での演説です。足早に仕事に向かう有権者に声をかけます。

「みなさん、おはようございます。この度、立候補いたしました吉田六郎です。お仕事行ってらっしゃいませ。満員電車ご苦労様です。この選挙こそ、日本を変える…」

知名度はゼロにちかい吉田さん。無視する人も多く、演説もほとんど聞いてもらえませんが、それでも挫けずに立ち続けると、次第に周囲の目も変わってきました。

「吉田さん、頑張って!」(駅に向かう年配の女性が声をかける)

「ありがとうございます。満員電車ご苦労様です」

そして、投票と開票の結果、吉田さんは見事、初当選を果たしました。

「これもみなさんのおかげです」(選挙事務所内が拍手に包まれる)

政治家としての一歩を踏み出した吉田さん、その翌日の朝も駅前に立ち、マイクを片手に有権者に思いを伝えます。

「みなさん、おはようございます。みなさんのご支援のおかげで、毎朝、満員電車に乗る生活から解放された議員の吉田六郎です。みなさん、満員電車ご苦労様です。ほんっとうにご苦労様です」

喜びを隠しきれない吉田さんの声は遠く4番ホームまで聞こえたとのことです。