主語賛成派と主語反対派の抗争はますます激化していきました。状況をさらに悪化させ複雑にしたのは、海外諸国の介入でした。
主語反対派は、主語のない言語が用いられている国々から強力な支援を受けていました。これらの国々は、主語を自国の政体を脅かす危険成分だと分析していたのでした。
いっぽう、主語のある言語が使われる国々はこぞって主語賛成派の支援を表明しました。多くは民主主義の確立した国々であり、我が国での主語をめぐる争いを主語退潮の危機と捉えたのでした。
両勢力とも拮抗した状況が続き、このまま内戦に突入かと思われましたが、あるできごとが事態を大きく変えました。
主語反対派の勢力と我が国の保守勢力とが合流し、大きな政治勢力となったのです。反主党と名乗るこの勢力はたちまちリベラル勢力と主語賛成派を駆逐し、とうとう権力を掌握しました。
反主党は政権を奪うや、主語廃止令を発布し、主語の粛清に乗り出しました。そして同時に、これまでどの政治勢力もなしえなかった改憲に取り組みました。日本国憲法は GHQ の指示により、無数の主語で汚染されている不純な憲法だというのです。
その結果、我が国の憲法は次のように純化されました。
(旧憲法前文) ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
(改正憲法前文) ここに存することを宣言し、この憲法を確定する。
新しい憲法が発布されたこの日、私たち国民から主語と主権が永遠に奪われたのでした。