苦い文学

主語の抗争

日本語の主語の有無をめぐる壮大な社会実験は、被験者が急に英語しか話さないようになったため失敗に終わり、その後、主語賛成派と主語反対派の対立は深まるばかりでした。

この対立がついに暴力沙汰を引き起こしました。学会での議論の最中、主語賛成派がカッとなって主語反対派の頭をポカリと殴ったのです。そして、こう怒鳴りました。

「主語がないというのなら、お前は誰が殴ったかもわからないはずだ!」

そして、殴られてフラフラしている主語反対派に追い打ちをかけました。さらなる一発をお見舞いしてこう叫んだのでした。

「覚えとけ! これはお前たちが否定した主語の分だ!」

主語反対派たちはほうほうのていで逃げ出し、学会主流派となった主語賛成派は勝利宣言を出したのでした。

ですが、この事件からしばらくすると、主語賛成派の幹部たちが次々と襲撃を受け、殺害されるという事件が発生しました。これがいわゆる「主語なき殺人事件」です。こう呼ばれるのは、犯人はいかなる手がかりもの残さなかったためでした。

警察の懸命の捜査にも関わらず、犯人が逮捕されない事態に、ついに残された主語賛成派が行動に出ました。主語反対派の仕業だと確信する彼らは、大規模な報復を開始したのです。

その結果、武力抗争が勃発しました。両者の抗争は拡大し、ついには無辜の市民が攻撃の目的語になる痛ましい事件すら発生したのでした。