苦い文学

主語の実験

日本語に主語があるのか、はたしてないのか……これまでこの問題について数々の議論がなされ、論文が発表されてきました。

主語があるという主語賛成派はこう言います。「どんな行為にもそれをなす人がいるのだから、主語がないなんてありえない」

いっぽう、主語がないと言ってはばからない主語反対派はこう反論します。「日本語には英語のような主語はないし、主語のない文だってある。日本語には主語など必要ない」

この論争に終止符を打つべく、いま大規模な試みが行われようとしています。実験を主催する大富豪、後澤呆作代表は語ります。

「これは壮大な社会実験です」

実験の主役となるのは吉田二郎さん(66)です。地下に建設された空間で、これから1年間のあいだ外部との接触を断ち、たったひとりで過ごす予定です。

「食事も排泄もすべてエコシステムの中で完結しています。退屈じゃないかって? 運動設備も娯楽もなんでも揃っていますから、退屈する暇なんてないでしょうね」

こう笑う吉田さんがこの地下施設でチャレンジするのは、主語なしの生活です。

吉田さんの地下施設での様子は、逐一地上でモニタリングされ、主語のチェックが行われることになっています。

「主語が検出されてもされなくても、この実験によって主語論争に決着をつけることができるはずです」と後澤代表は期待に胸を膨らませています。