腸内環境のエキスパートだと名乗るその男は、健康に関する不安につけ込み、巧みな話術で私を信用させると、そのサプリメントを高額で売りつけた。そして、服用をはじめたその日から、私は屁を失った。
私ははじめのうちおかしいとも思わなかった。自分が長いこと屁をしていないことに気がつきもしなかった。そして、それに気づいた後でさえも、これは自分の腸の調子がよくなっているからだと好意的に捉えた。
しかし、人間がこれほどまでの間、屁をしないことなどあるだろうか。そう思うと私は不安になり、病院に駆け込んだ。そこで診察の結果、私の腸内から屁が消え去っていることが判明したのだった。
いや、正確にいうと、腸内において屁は存在するのだが、ただ、生成されたとたん、どこかに消えてしまうのだ。結果として、私はいっさい屁をすることができなくなってしまった。医者はいった。
「屁泥棒ですな。サプリメントをやめてももう腸はもとに戻らない。諦めることです」
ああ、失ってみて初めてわかる。屁がどれだけ私に快感を与えていたかを。その音がどれだけ心地よいものであったかを。そして、その匂いがどんなに私の孤独を慰めたかを。
屁なき人生とは、屁のようなものだ。
(この手記の作者は、ある事故により、自分の屁についての感覚をいっさい失った結果、このような妄想を信じることとなった。実際は、大きくてとびきり臭い屁を頻発する人物である。)