苦い文学

ごめんなさい

私の知り合いのビルマの難民で、いつも最初に「ごめんなさい、ごめんなさい」という人がいる。

その人の人生について私はよく知らないが、聞くところによると虐待を受けて育ったということだ。しかも、日本に難民として逃げてきて、長いあいだ入管に収容されてもいた。そんなわけで、まずは謝っていろいろな災難をかわす方針が身についたのだった。

その人はまだ難民認定されていなかった。だから仮放免中のため身元保証人が必要で、私がそれを引き受けていた。

身元保証人は仮放免の延長や住所の変更などのさいにサインをしなくてはならない。その人は必要になると私のところに電話をかけてくる。そして、いつも「ごめんなさい、ごめんなさい」と始めるのだった。

私はこの「ごめんなさい」が不愉快だった。「私はきっとあなたに不愉快な思いをさせることでしょう。ですので先に謝りますので、どうかいじめないでください」ということなのだから、要するに私がいじめること前提なのだ。だが、その人の事情を考えると、なにも言えなかった。

あるとき、私のサインが欲しいというので、朝の7時半に日暮里で待ち合わせした。7時半に日暮里で待っていたが、その人は来ない。もしかしたら、別の改札口にいるのかもと思って、その人に電話をしたら、まだ家にいて、8時半だと思っていたという。

私たちは新たに待ち合わせを設定し、別の日に会うことにした。その人は電話でも、その後の対面でも、あいかわらず私に「ごめんなさい」を何度も口にした。

謝られる理由があるので、私はそれをじつに気分よく聞いた。