平助は頭に血が上った。「うるさい、言わなくていいと言っただろ!」と口から出かかったのをなんとかこらえて、「入ってください!」と答えたが、それでも聞く人が聞けば、そこにトゲトゲしさを感じたかもしれない。
結局のところ彼の説明は効き目がなく、「入ってもいいですか」は相変わらずだったのだ。
平助はこの「入ってもいいですか」をいくども浴びたせいかもしれない、学生が入ってくるのを見かけると、ぶるりと体を震わせるまでになった。そうやって「入ってもいいですか」から身を守ろうとしていたのだ。そして、その過剰な反応がかえってこの問題を解決に導いた。
いつものように平助は教室にいた。すっかり過敏になっていた彼は、人の気配を察し、びくりとして、教室の入り口に目をやる。
ネパール人の学生が入り口に立っていた。あの容赦なき「入ってもいいですか」の学生だ。そして、その口がかすかに動いた。「入ってもいいですか、先生」を繰り出そうとしている、と身構えたとたん、平助の口がほとんど無意識のうちに開いた。
「おはようございます」
すると、その学生は「おはようございます、先生」と返事をし、なにごともなかったように教室に入り、着席した。
平助は初めは驚いた。が、すぐになにが起きたかを理解した。「そうなのか、先手必勝だったのか」
今では、平助はどの学生よりも早く教室に入り、教卓の前で学生がやってくるたびに「おはようございます」作戦を遂行し、「入ってもいいですか」を毎朝、撃退している。