苦い文学

Wrapped Around Your Finger

私の町の駅のデッキに、毎日のように老人がやってきて、ギターをポロポロつまびいたり、おもちゃみたいなボンゴをポコポコ叩いている。音も小さくて、なにを演奏しているのかもわからない。そもそも弾けるというレベルでもないようだ。もちろん、耳を傾ける人などひとりもいない(ちょうどこのブログのようだ……)。

もう何年も前のことだが、あるとき、私は改札口から出てデッキへと歩いていた。すると、鋭いビートが聞こえてきた。私はその音を聞いて、スチュワート・コープランドのドラムを思い出した。スチュワート・コープランドは、イギリスのバンド The Police のドラマーだった人で、名ドラマーのひとりに数えられている。シャープなスネアの音が特徴で、駅を歩く私の耳に飛び込んできたのもそんな音だったのだ。

やがてあの老人の姿が見えた。花壇の縁に座って、ひとりボンゴを叩いていた。私はおかしくなった。ろくに楽器も弾けないこの老人のプレイから、スチュワート・コープランドのドラミングを想起するとは。

老人は私の進行方向にいたので、私はニヤニヤして近づいていった。そして、驚くべきことが明らかになった。

老人のわきに小さなラジカセが置いてあって、そこから The Police の名曲 Wrapped Around Your Finger が小さーく流れていたのだ。老人はスチュワート・コープランドに合わせてボンゴを叩いていたのだ。

ウケ狙いのさもしい作り話と思われるかもしれないが、これは本当の話だ。