苦い文学

草野球

商業施設が老朽化のため取り壊され、大きな空き地ができた。

新しく建物が建設されるという噂だったが、いつまでたっても動きはなく、空き地のまま放置されていた。

そこにある日、どこからともなく子どもたちが集まって、野球を始めた。このようすを見かけた老人はあまりのことに腰を抜かした。そして、なんとか立ち上がると、大慌てで別の老人たちに告げて回った。

「子どもたちが空き地で野球をしているぞ!」

老人たちはどよめいた。「この時代に空き地で子どもたちが野球だと?」「俺は信じない」「ありえない!」「よし、見に行こう!」

老人たちが件の空き地に詰めかけると、果たして子どもたちが草野球に興じている。ここ何十年も見たことのない光景に、老人たちは衝撃を受けた。絶命するものまで現れた。

そこをたまたま通りかかったのが、テレビ・リポーターの老人。なにごとかと老人たちをかき分けて覗き見ると、空き地で子どもたちが野球だ。これはとくダネだと、テレビ局に連絡した。たちまち、老人のテレビクルーが駆けつけて、生中継を始めた。

ちょうどそのとき、テレビではいつものようにプロ野球の過去の映像を垂れ流していた(もう放送するものがなくなったのだ)。それが、急に画面が切り替わり、子どもの草野球中継が始まったのだ。日本中の老人たちが驚愕し、テレビにかじりついた。

「本物の子どもたちがやっている本物の草野球だ!」

あるものは歓喜に飛び上がって腰を痛め、あるものは合掌して涙を流した。アナウンサーと解説者は老いた声を張り上げた。この日、日本のすべての老人たちが奇跡を目撃した。

そして、試合が終わった。少年のひとりが盗塁に失敗し、どちらかが勝ったのだ。だが、勝敗などどうでもいい。老人たちは心から拍手を送った。

日本の黄昏を飾った最後の歴史的瞬間だった。