ポーランドのポズナンで9月に開催された第21回世界言語学者会議(21st International Congress of Linguists)で、私はいくつかのプレゼンテーション・セッションを見にいった。
そのうちのひとつに、私でも知っている有名な言語学者が聴衆のひとりとして来ていた。
プレゼンテーションは、20分の発表と10分弱の質疑応答からなる。
いくどか質疑応答が繰り返されたのち、私はあることに気がついた。その有名な言語学者は前の方に座っていたのだが、質問が出ると必ず振り向いて質問者の方を見るのだ。
しかも、ただ見るだけではない。いかにも楽しそうな顔つきで、議論を見守っていた。
「これか」と私は思った。「これが優れた先生の態度というものなのだ」
私はおおいに反省した。私はといえば、どこかで質問が出ても、ただボケーっと前を見ているだけなのだ。
「いったいいつお前はそんなに偉くなったのか?」 私は自問せずにはいられなかった。「お前は、あの大先生が振り返っているのを見て、まだノウノウとふんぞりかえっていられるのか?」
私は決意した。「よし、俺も真似して振り向くことにしょう」
この私にもまだ、首を後ろに向けるだけのかすかな向上心は残っていたのだ。
そして、次のプレゼンテーションが終わり、質疑応答の時間となった。さっそくフロアから質問が飛び出した。偉大な先生が振り向く。
私は……その質問者の席が自分の真後ろでなければ、振り向いていたことだろう。首の回転にも限度はある。