苦い文学

行き着くところ

飛行機の離陸前に流れる「機内安全ビデオ」のエンターテインメント化が進み、このままでは過激化するのではないかという、私の危惧についてはすでに述べた。

だが、私が憂慮しているのはそれだけではない。このままだと「機内安全ビデオ」は、ますます大作化し、さらにはシリーズ化する危険性がある。

もちろん、面白ければいい。乗客の安全意識が高まればいい。そう考える人もいるかもしれない。だが、もし、この傾向が行き着くところにまでいってしまったら? そして乗客がすっかり飽きてしまったら? そのとき、機内にいったい何が残るというのだろうか?

それは、もはやビデオに見向きもしない一般大衆ではないだろうか?

そんなやりきれない思いを抱えながら、今年の夏、私はさまざまな航空会社を利用した。そして、つい昨日のことだ。離陸前の機内に座る私は信じがたいものを目にしたのだった。

なんと、ビデオなどいっさい流さずに、通路に立った客室乗務員がじつに高らかな声で安全に関する説明と実演をはじめたではないか。

同じような危機感を共有している航空会社がある、と私はうれしくなった。いや、私を喜ばせたのはそれだけではなかった。客室乗務員が説明を終えたとき、すべての座席から拍手が沸き起こったのだった。

この飛行機に乗り合わせたすべての乗客が、生の実演に感動したのだった! 

私は感激のあまり、手を打ち鳴らしている隣の紳士に思わず声をかけた。

「ああ、これぞ客室乗務員です。本物、本物です!」

すると、紳士は怪訝な顔をした。

「客室乗務員? いいえ、この人たちは著名な俳優で、このフライトのために企画された特別公演をいままさに終えたのですよ!」

不可解な言葉に戸惑う私の目の前で、先ほどの「俳優」たちが再び現れ、一列になって手を繋ぎ、カーテンコールに応えた。