私の友人(55歳、男性)が整形をした。二重にしたのだという。
もしかしたら、これを聞いて呆れる人もいるかもしれない。いい年して何をしてるのか、と。若者ならまだしも、その二重がいったいなんの役に立つのか、と。だが、私はそんなことは言わない。人にはそれぞれ事情があるのだから、好きなようにすればいいのだ。だが、どんな顔になったのか、好奇心をそそられたので、彼に会うことにした。
約束の喫茶店で待っていると、友人が入ってきた。食いつくようにジロジロ見たくなかったので、自然な感じで挨拶し、チラと見た。いつもの彼だ。
メニューを見て彼が選んでいるあいだに、もう一度チラと見た。特に変わったところはない。一重に見える。もしかしたら、手術代をケチって、もう元通りになってしまったのかもしれない。そう思うと彼が哀れに思えてきた。
それから私たちは雑談をした。彼は最近、禅に凝っているとのことで、禅寺にも通っているのだという。私は彼が熱心に禅を語るのに適当にあいづちを打ちながら、いくども彼の目を盗み見た。
「別に信仰心に目覚めたというわけではなくて、自分をしっかり見つめ直したいというかね。それが手っ取り早くできるのが、禅なんだよ。こうやって……」と彼は目を瞑った。私はこのときとばかり彼の目を見た。二重なんかじゃない。噂が間違っていたのだ。
「……自分を心の目で見つめるんだ……整形で二重にした心の目で……」
私は彼が瞑目しているあいだに、喫茶店を出て帰宅した。