夕暮れどきの東京で、二人の男が川面を見つめていた。二人ともシワだらけのスーツ姿で、疲労が滲んでいる。その顔には深い失望が刻み込まれていた。
二人が故郷を出たのは何年も前のことだった。そこに住む者はみな健康で、病気ひとつしなかった。誰もが死ぬ直前まで元気にしていて、天命が来るとひっそりと消えていくのだった。
だが、二人はそんな故郷がいやだった。一人がもう一人に言った。
「俺たち、一生健康のまま死んでいくのかな」
もう一人が答えた。
「ここを出て、東京に行こう。病気になるんだ」
二人はある夜、誰にも言わずに集落を出て、東京に向かった。
東京での生活は大変だった。なんとかやっていけたのは、病気になりたいという夢があったから、そして、その夢を語り合える友がいたから。
二人は病気になるためならなんでもやった。朝から晩まで働いた。食事はすべてコンビニで買った。ジャンクフードを愛好し、タバコを吸い、酒に酔いしれた。
やがて二人は小さな会社に就職し、死ぬ気で働いた。待遇は良くなっていったが、毎年受ける健康診断にはがっかりさせられた。それで、二人は揃って会社を辞め、自分たちの会社を設立した。
会社の業績はぐんぐん上がっていったが、γGTPも血糖値もコレステロールも上がらなかった。ただ疲労と悲しみが蓄積していくばかりだった。
そして、今、二人は疲れ果て、ただ川の暗い流れを見つめていた。東京のすべてがよそよそしく、もはや自分たちのいるべき場所ではないようだった。かといって、この疲弊した体でどう故郷に帰れようか。
深い沈黙ののち、どちらか、あるいは二人が同時に、つぶやくように言った。
「けっきょく健康にも病気にもなれないんだな……俺たち」
その言葉は小さな吐息とともに川に流されていった。