苦い文学

未来における誕生(2)

その小柄な男は私の言葉を聞くとこう訂正したのだった。「いえ、いえ、私は父ではありませんよ」

「すると、お祖父様かなにか……」

「そんな!」と男は笑った。「勘違いされているようですな! 私は今日生まれたのです」

「すいません、たしかに勘違いしていたようです。あなたの誕生会だったのですね。赤ん坊が生まれたと聞いたものですから」

すると男ははっきりとした声で告げた。「私がその生まれた赤ん坊なのです。今日は私の誕生日なのです」

私が混乱していると、隣で見ていた老人が見かねて私に声をかけてくれた。

「どうやらあなたは別の世界からおいでのようですな」

「ええ、ずっと遠い過去からやってきたのです」

「ならば、お分かりにならないのは無理もない。私の聞くところによれば、あなたの時代では赤ん坊は泣き喚くものと決まっていたということですが」

「ええ、そうです」 私は戸惑いながら答えた。

「さぞかしやかましかったことでしょうね」

「ええ、そのとおりです」

「古記録によれば、赤ん坊はとてもうるさいため、ひどく憎まれていたということです。そのため、赤子殺しが常態化していたということで、ゴミ箱を開ければ嬰児の遺体があったと書かれています」

「そのようなことは……」 私が異議を唱えようとすると、老人は遮った。

「いえ、お認めにならなくてもけっこう。私はあなたを断罪しようというつもりはないのです。大事なのは、自然の摂理はそのような状態をよしとしなかったということです。赤ん坊は進化しました。泣く赤ん坊が淘汰された結果、泣かない赤ん坊だけが産まれるようになったのです」

老人はぐいと酒を飲んだ。

「進化はそれだけに止まりませんでした。赤ん坊殺しと同じくらい、子どもも殺されていました。それで、何万年も経つうちに大人が産まれるようになったのです!」

そのとき歓声が沸き起こった。みると、生まれたばかりの小柄なおじさんがマイク片手に壇上に上がったところだった。男は顔を上気させて叫んだ。

「天上天下唯我独尊! 天上天下唯我独尊!」

老人は顔をほころばせた。「ほほ、生まれたばかりとあって、生意気盛りですな!」 その笑顔は本当に赤ちゃんを見たときのそれだった。

幸せの声が宴を包んだ。私は宴を離れ、集落をでた。そのようなおぞましい時代であっても私は帰りたかった。それにしても、と私は暗い森へ続く道を歩きながら考えた。あの時代ですら、それでもずいぶん泣かなくなっていたということかもしれない、と。