苦い文学

節章

【浄瑠璃名場面】『曾根崎心中』末尾

【『曾根崎心中』】
1703年(元禄16年)、近松門左衛門作。実際にあった心中事件に材をとった世話物浄瑠璃。世話物の嚆矢とされる。

【鑑賞ポイント】実らぬ恋に絶望した徳兵衛とお初が、愛を貫き心中し、「恋の手本」となる名場面を節章(節回しの指示書き)とともにお楽しみください。

地色中いつ迄言ふてハルせんもなし。はやはや殺して殺して」と最期を急げば「心得たり」と。脇差するりと抜放し。「ハルサアただいまぞ南無阿弥陀南無阿弥陀」と。言へどもさすが此の年月いとしかはいと締めて寝し。肌に刃が当てられふかと。眼もくらみ手も震ひ弱る心を引直し。取直してもなを震ひ突くとはすれど切先は。あなたへ外れこなたへそれ。二三度ひらめく剣の刃。あつとばかりに喉笛に。ハルぐつと通るが「南無阿弥陀。南無阿弥陀、南無阿弥陀仏」と。くり通しくり通す腕先も。弱るを見れば両手を伸べ。断末魔の四苦八苦。ヲクリあはれといふもあまり有。「我とても後れふか息は一度に引取らん」と。剃刀取つて喉に突立。ハル柄も折れよ刃も砕けとゑぐり。くりくり目もくるめき。苦しむ息も、暁のフシ知死期につれて絶果てたり。

地ツメ誰が告ぐるとは曾根崎の森の下風音に聞こえ。キン取伝へ貴賤群集の廻向の種。未来成仏疑ひなき恋の。手本となりにけり

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