苦い文学

ふわふわ言葉の種

夏休みの自由研究に困ってたら、先生が不思議な種をくれた。

「この種を植えて、芽が出て立派に育つまで、観察日記をつけなさい」

「先生、なんの種?」

「これはふわふわ言葉の種だよ」

「ふわふわ言葉?」

「ふわふわ言葉ってのは、やさしい言葉のこと。『ありがとう』とか『よかったね』とか、言われてみんながうれしくなったり、元気になったりする言葉のことだよ。ふわふわ言葉の反対がちくちく言葉で、みんないやな気持ちになるんだ」

先生は、種をひとつ取り上げた。「この種が育つと、きれいな花がたくさん咲くんだ。それがみんなふわふわ言葉なんだよ」

種は小さくて、白くて、薄い毛に包まれていて、本当にふわふわしてたんだ。

ぼくは家に帰るとさっそく庭の隅に種を埋めた。そして、毎日、水をあげた。1日、2日、3日……1週間、10日……ぜんぜん芽が出ない。もしかしたらダメになっちゃったのかも。

それに、だんだん夏休みも忙しくなってきた。花火に、プールに、海に、別荘に……それで僕は種のことをすっかり忘れてしまったんだ。

そして、夏休みの終わり、別荘から帰ってきた僕たち一家は、家を見てびっくりしたんだ。家の建物がぜんぶとげとげの植物に覆われていたんだから。パパはその植物を手で引き剥がそうとして、悲鳴をあげた。手が血まみれだ。ママはぎざぎざの葉っぱに髪の毛をむしり取られちゃった。

植物は僕たちが見ている前で、家を締めつけた。家は苦しそうに叫んで、ばらばら、ちりぢり、こなごなになっちゃった。

こんなふうになったのも、僕がふわふわ言葉の種の世話をしなかったからなんだ。それで、ふわふわ言葉のかわりに、とげとげ、ぎざぎざ、ばらばら、ちりぢり、こなごな言葉が生まれてしまったんだ。

この怖い植物はすぐに町中に増えて、町中を壊して回った。邪魔する人をみんなぐさぐさ刺して殺しちゃった。

それで、いまはどの植物も人間みたいに歩き出して、政治家になった。口を開けば、とげとげ・ぎざぎざ・ぐさぐさの言葉ばかりで、僕たちはもう自殺するしかないんだ。