夏の日の夕方、太陽の翳りとともに湧き出してきた湿った空気が、不気味に街を覆うかもしれない。そんな不穏なときには、決して外に出ないほうがいい。妖怪たちが狙っているからだ。
夕暮れどき、高層マンションの一室から外出しようとして、こんな経験はないだろうか。部屋にいながら、なんとなく外が雨っぽいなと感じたものの、はっきりとはわからないので、窓から外を見下ろすのだ。
くすんだ街路は人気がない。そこに、ひとりの男が現れ、歩き去っていく。傘は差してはいない。そこで、傘を持たずに下に降りることになる。
すると、あろうことか、大雨が降っているのだ。路面じゅうで雨が跳ね返り、激しい音を立てている。見れば誰もが傘をさして行き来している。
では、あの窓から見た男はいったい……? これぞ「妖怪傘なし」の仕業。この妖怪は、マンション上層階の住人に傘を持たずに外出させて、びしょ濡れにするのが面白くてたまらない。この妖怪に出会ってしまったら、おとなしく部屋に引き返すのが身のためだ。
「濡れてもいい。このまま行こう」などと、外に駆け出してはいけない。
そのようなことをした者はたちまち「妖怪傘なし」と転じて、どこかの高層階の一室から外を見下ろしているだれかを惑わせることだろう。