苦い文学

いのち尊重宣言

私たちの県には誇れるものはなにない、とがっかりしていたときに、そのすばらしい知事が現れたのだった。私たちは、知事が居眠りをする県議たちをとことん糾弾する映像に感激し、この知事こそが我が県の誇りだったのだと、欣喜雀躍したのだった。

やがて知事は、他のどの知事もしたことのない新たな試みを始めた。日本で初めて県として「いのち尊重宣言」を行ったのだ。

きっかけは我が県で行われた自殺についての調査であった。調査によれば、なんと自殺したいと強く思ったことのある人が30%にも上ったのである。これを読んだ知事は、県として命を守る行動を起こそう、とみずからプロジェクトチームを立ち上げたのだった。

「命の尊重のためには、希死念慮のある人々の数の減少がなによりも重要です」と知事は私たち県民に語りかけた。「みなさん! 県をあげて命を大切にしようじゃありませんか!」

そして、数年後、私たちがこの宣言すら忘れかけていたころ、知事はいきなり自殺に関する調査を公表した。前回とまったく同じ県民を対象に希死念慮の有無を尋ねたのである。

すると、驚くべき結果が明らかになった。希死念慮のある人が、ゼロになっていたのだった! 命の尊重が実現したのだ!

私たちは大いに感激し「なんという偉人だろう!」と知事に喝采を送った。

そして、私たちの盛大な拍手のせいで「そりゃ減るさ」といった声はすっかりかき消されてしまった。