苦い文学

セマンチック・マジック

その奇術師は、舞台に立つと、小さなホワイトボードを5枚取り出し、5人の観客たちに配るとこう言った。

「お好きなひらがなをひとつお書きください。私に見えてもかまいませんよ」

観客たちが書き終わると、奇術師はそのボードを集め、枠に嵌め込んで、書かれた文字が見えるように並べた。文字列を続けて読むと「ふそけむぜ」となった。

「『ふそけむぜ』! まったく意味のない言葉ができあがりました。ではみなさん、このボードに集中してください」

奇術師は観客の視線を誘うように、ボードの前で手を優雅に動かした。

「そうです、そうです、ジーッとみてください。そして、自分の心から湧き上がるものを感じてください」

観客たちははじめは訝しげな顔つきだったが、次第に何かが浮上してくるのを感じ始めた。

「どうですか。いま、結びつこうとしています。そのイメージです。そう、そう!」と陶然とした声で奇術師が語りかけると、観客たちはうっとりとうなずいた。

「さあ! 結びつきました! シニフィアンとシニフィエがいま結ばれました!」

観客たちは夢から醒めたように奇術師を見つめた。どの顔も、驚きと喜びに照り輝いていた。

「みなさん! もう、おわかりでしょう! 『ふそけむぜ』とはなんですか?」

人々はいっせいに大声で答えた。「右手の中指にできたササクレ!」

「そのとおり! いま、私たちは意味の誕生を目撃したのです! 新たな言葉として、『ふそけむぜ』が産声を上げました! これがセマンチック・マジックです!」

2回目のマジックでは、たまたま文字列が「はたけやま」となり、これに「今にも犬の尻から糞が落ちそうな状態」というシニフィエが結合したため、会場に居合わせた畠山氏が激怒して、大騒ぎになった。