苦い文学

神様

エリ・ヴィーゼルは、自伝的小説『夜』で、少年のころのアウシュビッツ収容所での経験を記している。ユダヤ人に対するさまざまな残虐行為が記録されているが、なかでも男の子が絞首刑に処される一節はとりわけ印象深く、よく知られたものだ。

その男の子は、ヴィーゼルたちの目の前で、ふたりの大人と一緒に絞首刑にされるのだ。大人たちはすぐに絶命したが、子どもは体重が軽いため 30 分以上も死ねなかった。

苦しむ子どもを目の当たりにして、「私(ヴィーゼル)」の後ろで男が尋ねる。


 「いったい、神はどこにおられるのだ。」
 そして私は心のなかで、ある声がその男にこう答えているのを感じた。
 「どこだって。ここにおられる——ここに、この絞首台に吊るされておられる……。」
            ヴィーゼル『夜』(みすず書房)


ところで、最近の日本では、飲食店での客のふるまいが問題になっている。店に対する横暴な要求、いわゆるカスタマーハラスメントをめぐって、「お客様は神様です」という考え方についても議論がされている。

議論の内容以前に、私がいつも気になるのは、ここでいう神様とはいったいなんの神のことか、ということだ。なにしろいろいろな神がいるから。神様によっては、私たち客は、店長に吊るされかねないのだ……。