苦い文学

天使の迷惑

混み合う山手線に乗って運ばれてきた男は、池袋で降りるとき、後ろから誰かに強く小突かれたような気がした。ムッとして振り向くと、小柄な女がカバンを盾のようにして彼を押し出そうとしているのだった。

それから、ホームから雪崩のように階段を降りていく人々のなかで、彼はまた誰かに背中を押されたような気がした。サッと後ろを見ると、若く高慢そうなサラリーマンの傘の先が当たったことがわかった。

自動改札口を通過するときも、背後から押されたので、チラと見ると、中年の男が不機嫌そうな顔つきで睨んでいた。また、東武東上線の改札口までのごった返しの中で、これみよがしに刺青を入れた男に彼は背中をどやされた。

そして、東武東上線のホームに降りていく階段で、彼は後ろから誰かに突き飛ばされた。バランスを崩し、倒れまいと身を捩ったその瞬間、彼の目は醜い老人を捉えた。階段を転がり落ち、床面に打ち付けられた頭からは血が流れ出た。すると、光り輝く存在が幻のような翼を広げ、彼の前に降り立った。その存在は告げた。

「男よ、今朝、お前を鞄で押した女は、なにをかくそうこの私だ。傘でつついた若者も私だ。イラついている中年男性も、お前の背後をおびやかした刺青男も、お前を階段から突き落とした老人も、じつはこの私だったのだ」

「天使さま」と男はまばゆさに目を細めながら言った。「事情はわかりませんが、やめてもらえませんか、迷惑なので……」