苦い文学

道を渡りし者(8)

いや、別にこの町を出るのに、駅や道路を通らなくっちゃいけないわけではない、と暗い草原を駆け抜ける自分を想像していたとき、私の携帯にメッセージが届いた。それは上司からだった。

《いったい何をしでかしたんだ。契約を打ち切ると、先方が激怒してこっちに連絡してきた。事態を収集するまで戻ってくるな。さもなければ》

今日会った社長は市長派だったのだ! 赤信号を無視したばかりに、いま私は職を失おうとしている。これはいったいどういうことだ……。

「いや、ちがう! 簡単じゃないか!」 私は叫んだ。急にわかってしまったのだ。

「吉田さん、なんてことはないです。明日、10時にその赤信号に行きましょう! 平気ですよ。渡らなければいいのです。赤信号で待ち、青信号で渡ればいいのです! これで私はただの人間になり、すべては元通りになります。平穏無事にこの町を出ていけるでしょう」

だが、吉田の深刻な顔つきは変わらなかった。「ええ、私もそう考えていたのです。それしかないといえます。ですが、ただひとつ問題があるのです」

「なんです」

彼は言いにくそうに口を歪めた。「だまされたと怒り狂った暴徒があなたを吊し上げ、八つ裂きにすることでしょう……」

進むも地獄、進まぬも地獄。いまや赤信号も青信号も私を苦しめにかかっている。