苦い文学

道を渡りし者(7)

扉を開けると、罵声とともに若い男が姿を現した。

「おまえか!」と私を指さした。「インチキ野郎め! どうやってだまくらかしたか知らねえが、この俺には通用しない! ペテン師め!」

吉田がとりなすように闖入者に駆け寄り「野上さん! そんなことはありません。誤解なんです。誰も渡ってはいませんよ」

「うるさい!」と一喝するとは再び私を睨んだ。私は彼がかなり酔っていることに気がついていた。「いいじゃねえか! 上等だ! 明日、どっちが本物かどうか、決着をつけようじゃねえか!」

「野上さん、それは!」と吉田。

「黙れ! こいつは俺たちの町をコケにしたんだ。俺たちの町をバカにしやがったんだ! 絶対に許さないぞ! 明日、午前10時だ! 国道の薬屋の信号にこい! どっちが本当に奇跡を起こせるか、勝負だ!」

そして野上は「逃げても無駄だぞ!」と捨て台詞を吐きながら、来た時と同じように騒がしく夜の闇の中に消えていった。

私はことの次第がいっさい理解できず、吉田の青ざめた顔を見つめるばかりだった。彼は喘ぐように言った。

「あそこはひっきりなしに車が通る道で、赤信号で渡ることなどできない。死だ!」

「吉田さん、あいつは、あの狂人は誰なんです」

「あれは……現市長の野上さんのひとり息子、章雄だ……札付きのドラ息子だ」

「てことは……」

「市長があなたを潰しにかかってきた、ということだ。ただ……」

「ただ?」

「章雄は素行があまりにも悪くて、親父も見放したと聞いていたが……」

「なんにせよ、逃げるしかない!」と私は慌てて玄関に向かった。

すると吉田はため息をついてソファに腰掛けた。「もう無理です。駅には市長の一派が待ち構えていることでしょう。この町を出るあらゆる道路もいまごろ警官が目を光らせているはずだ。あなたはこの町から出ることはできないのです」

町全体が赤信号になって私を足止めしようとしているのだ。そして、私は、赤信号を渡る勝負に警察が協力しているというこの町の異常性に震えるばかりだった。