苦い文学

道を渡りし者(4)

私が呆然としていると、男は私の肩に手を置き、居間のソファに座るようにうながした。10歳ぐらいの少年がお茶を運んできた。私が口をつけると、再びものを投げつける音が聞こえた。

「大丈夫」と男。

「突き破ってくるのでは?」

「そのようなことはありません。赤信号を渡ることのできない人々にそのような蛮行が果たしてできるでしょうか。しばらくすればみな立ち去るでしょう」

「赤信号! いったい私が何をしたというんです」

「それは、もちろん、赤信号を渡ったからです」

私は絶句した。「それだけでこんな騒ぎになるなんて!」

「大丈夫ですよ。そのうちにいなくなるでしょう。今、あの人々がどんなふうに考え始めているかわかりますか? 自分が見たことがだんだんぼんやりと、それこそモヤにかかったようになってきているのです。あんなありえないことが本当にあったのだろうか? 夢では? 疑いがじょじょに大きくなってきているのです。しかも、私たちの町にはいくつかの理由から、そうしたことは起こり得ないし、起こってはいけないと、考える人たちがいるのです。あの中にもいます。すると、人々は互いに、だんだん、無意識のうちに、いや意識的にといってもいいでしょうか、異常な出来事を否定にかかるのです。見間違いでは? 目の錯覚では? いや、確かに青だった。赤なんかじゃなかった! というか、そもそもあそこに信号などなかったぞ! そうだ、道すらなかった! なーんだ、と……。もう少しお待ちになってください。そのうち、自分たちがなぜこの家の前にいるかも忘れてしまい、散っていくにちがいありません」