男は私を連れて、住宅地の細い道路に入り込んだ。
おかしなことに男は私を決してまっすぐ歩かせなかった。右、左と何度も曲がり、まるで迷路をさまようかのようにくねくねと住宅地の内部に進んでいった。はじめは群衆をまくためにこんなことをしているのかと思った。だが、追跡者たちのひとりが私の背後でこう叫んだとき、そうではないということに気がついた。
「こっちのほうには信号がない! あっちのほうに行かせて、もう一度見せてくれるように頼もう!」
男は、私が信号を渡らなくて済むような道を選びながら目的地に向かっていたのだった。
そして、このころには私は、熱狂しながら自分についてくる人々のことが怖くなっていたから、男にひっぱられるまでもなく、むしろ肩を並べて、いや早足で追い越さんばかりだった。
やがて、男はとある民家の前で足を止めると、門に入り、玄関のドアを開けた。
「さあ! 早く!」
私が飛び込むと同時に男はドアを閉め、素早く鍵をかけた。
外では人々が家の前に集まってきて騒ぎだした。「あーかしんごっ! あーかしんごっ! あーかしんごっ!」と、手拍子をとっている。誰かが空き缶かなにかを投げつけ、恐ろしい音がした。
私はもう生きた心地がしなかった。