苦い文学

ある悲恋の物語

住宅街を通る細い道に設置された信号機。その下にいつからか花束が手向けられるようになった。人が亡くなるような事故があれば大騒ぎだろうに、近所に住む私はそんな話を一度も聞いたことがなかった。

あるとき、ぶらぶらと歩いていると、その信号機の下にひとりの青年がぽつねんと立っているのが見えた。青年はかがむと、手にしていた花束を置いた。

私は近づき、その若者に声をかけた。「ここで大切な方を亡くされたのでしょうか」

こちらを向いた青年の顔は涙に濡れていた。彼は静かにうなずくと私にこんな物語を語ったのだった……。


私は青信号でないと絶対に渡らないことを誇りとしている人間です。どんな細い道路でも、たとえ車が一台も走ってなくても、青ならば私は絶対に立ち止まるのです。

ですが、多くの人はそうではありませんね。みな、赤でも渡れるときには渡ってしまうのです。もっとも、これらの犯罪予備軍(こう私は呼んでいるのです)もそれができないときがあります。この私が青信号で堂々と立っているときがそれです。これらの人々は、私の姿が目に入るや否や、足を止め、恨めしげな顔をしながら、信号が青になるときをじっと待つのです(まるで私に相手の動きを封じる魔術が使えるかのようではありませんか)。

さて、一週間ほど前のこと、私はこの信号機の下に立ち、道路の向こう側の信号機が青に変わるのを待っていました。そこに、ああ、彼女が道路の反対側に現れたのでした。

彼女は道路を渡らずに足を止めました。はじめ、この私を見て止まったのだろうと思いました。ですが、彼女の顔にはいら立ちも恨めしさもありませんでした。むしろ、赤信号で歩みを止めた自分に対する誇らしげな様子がありました。そうです、彼女は私と同類だったのです!

私は彼女を見つめました。道路の向こうの彼女は私の視線に気がつき、恥じらいながら下を向きました。勇を奮ってなおも見つめていると、彼女は私のほうをチラと見るではありませんか。私はそこに胸踊るものを感じました。彼女もきっとそうだったでしょう。赤信号によって私たちは隔てられていましたが、私たち二人の心の通い路は青信号だったのです!

ああ! ですが、その時、ひとりのバカが彼女の後ろから現れ、その脇を通り過ぎました。ぬけぬけと道路を渡ろうとしたのです。いつもなら睨みつけて動きを封じてやるところでしたが、恋に夢中になっていた私は気がつかなかったのです。

そして、悲劇が起きました。あろうことか、彼女はこのバカに引かれて道路を渡ってしまったのです。私というものがありながら、通りすがりの男についていくとはなんとふしだらな女でしょうか!

私はそのときから悲しみに打ちひしがれ、この信号に花を手向けるようになりました。そうせずにはいられません。私の恋心が、愚かな人間によって引き起こされた交通事故によって、亡くなったのですから……


こいつは正真正銘の赤信号だ、と私は逃げ出した。