苦い文学

ロマンスカー(箱根の旅終)

私は今、ロマンスカーに乗り、新宿に向かっている。富士山を見渡す展望台で巻き起こった混乱をからくも脱出し、飛び乗ったのだ。

そして、私の隣の座席には、あの大男が座っている。眠っているためその目は閉じられているが、先ほどのあの展望台では、それを開くやいなや、彼はあの小柄な老人を殴り飛ばしたのだった。鎖を引きちぎって逃走した彼が、どうやって指定券を購入したかは不思議だが、首からぶら下がるごつい鎖を見て、強く出られる駅員はいないだろう。

彼ははたして新しい日本人だったのだろうか? 私にはわからないが、ただひとつ言えるのは、彼が自分をこのような醜い怪物に改造した小男を激しく憎んでいたことだ。それに比べれば富士山などどうでもよかったのだ。

それにしても、箱根はなんと変わってしまったことだろうか。昔、私が子どものころに行った箱根には、外国人観光客はひとりもいなかったし、大涌谷に鬼などいなかった。奇怪千万な外人観光などもなかったし、富士を覆う黒幕も、新しい日本人のお披露目もなかった。

おそらく箱根だけでなく、世界が取り返しのつかないほど変わってしまったのだ。それとも、私が変わってしまっただけなのだろうか?

目を覚ました大男が話しかけてくる。その錯乱した発話を、私はなんとか理解し、新宿からの行き方を教えてやる。夜のスカイツリーを見物し、キレイな夜景を見たいというのが、彼の希望だ。(おわり)