ただちに私は、箱根で富士山がもっともよく見える場所に向かった。
そこは広々とした展望台で、私と同じように富士山を拝みにきた観光客でいっぱいだった。日本人も外国人も、富士の美しい姿に感動し、自撮りに夢中になっていた。
私はこれらの観光客をかき分けかき分け進み、最前列に割り込んだ。その山を見るやいなや「おお、山なる山よ!」と賛美の言葉が口を衝いて出た。
私はいつの間にか涙にかきくれていた。私の泣き声がはなはだ大であったにちがいない、居合わせた観光客が心配して私の背中をさすってくれた。
「ああ、わかります、わかります」とその人は言った。「あなたも不安になってここに駆けつけたのでしょう」
泣きじゃくりながら私はうなずいた。
「大丈夫ですよ。私も同じだったのです。あのコンビニの黒幕を見たのですね」
「そ、そうです」 嗚咽しながら声を絞り出す。
「それで、恐ろしい焦燥感に襲われたのですね。わかります。私もそうだったのです。いつか世界がすっぽり黒幕に覆われ、もはや富士山を見ることすらできなくなるのではないか……そんなふうに怖くなったのです」
もうたまらず私は泣き崩れた。その人は私の肩をだき、「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返してくれたのだった。そのおかげで、私は次第に落ち着きを取り戻した。そして、若干の恥ずかしさを感じながら、その親切な方に感謝を伝ようとしたそのときだった。
観光客たちのざわめきが広がった。まるで野獣のような咆哮が響き、あちこちで悲鳴が上がった。そして鋭い声がそれらの悲鳴をかき消すかのように叫んだ。
「見よ! 見よ! 新しい日本人を!」