苦い文学

本物の富士山(箱根の旅5)

その親切な地元民は、コンビニに群れ集う外国人観光客全体を大きな身振りで指し示した。

「ここにいる外国人をよく見てください。お国がお分かりになるでしょうか。中国、ロシア、ミャンマー、北朝鮮、ベラルーシ……おかしいと思いませんか?」

「ええ、たしかに! アメリカやイギリス、フランスなどの観光客はまったくいないのですね」

「その通りです。つまり、このコンビニにわざわざ観光に来るのは、どうやら権威主義的・非民主主義的な国の人々だけなのです」

「いったいなぜ?」と私が首を捻ると、地元の日本人はただちにその疑問を解消してくれた。

「これらの国では情報は隠されたり、検閲されたりしているのが当たり前なのです。なので、これらの国から来た観光客たちは、富士山を見るのならば、なんの妨げもなく観光できる富士山よりも、遮断されて見えない富士山のほうが、より本物らしく思えるのです」

「はああ」と私は感心して言った。「ちょうど、我が国の政治家が私たちを蔑んでいるので、それが慣いとなって私たちも、自分たちをバカにする政治家でなければ政治家ではないと思い込んでしまっているのと同じですね」

「ええ、そうです。国民を尊重する政治家が現れると、喜ぶどころか、怒り出す体たらくですから、そのうち、日本人もこのコンビニに富士山を見にやってくるようになることでしょう……」

私はこの親切な地元民に礼を言うと、ぜがひでも本物の富士を見ねばと心に決めて、その場を離れた。