苦い文学

計画殺人(1)

昨年の7月、60代の男性Aが都内の自宅で心臓発作で死亡した。通報したのは知人男性B。Bによれば、二人で雑談している間に、Aが倒れたのだという。

検視ではとくに不審な点は上がってこなかったから、今ごろは単なる病死と片付けられているはずだった。もしも、BがAの死亡保険の受取人だという事実に、敏腕刑事、吉田三郎が気づかなかったならば。

吉田刑事は、Bの自宅を訪ね、Aの死亡時の様子を詳しく聞くことにした。

「雑談の最中にいきなり発作に襲われたとのことでしたが」

「ああ、そうだね」とB。

「その時の様子を詳しく教えていただけますか」

「いったい何のために? もう何度も話したじゃないか」とBがいら立つと、吉田刑事はほほえんだ。「ええ、確かに発作のことについてはそのとおりでした。ですが、発作の前についてはまだお話しいただいていないように思います」

「発作の前? 何のことだ」

「雑談をしていらっしゃったとおっしゃっていましたよね。そのことですよ。いったい何の雑談だったのでしょうか」

「それが何の関係がある? 何を話そうと勝手ではないか」

「ええ、その通りです。ですが、仕事柄、こうしたことまで調べておかなければならないのです」

吉田刑事はBが一瞬、冷たい目つきをするの見逃さなかった。「釣りだよ。Aは釣り好きだったからな」

「ほほう」と吉田刑事は手帳を開いた。「救急隊員の話によれば、Aさんは朦朧としながら、『このまま行けば、この世界は俺のものだ』と繰り返していたということですが、それが釣りの話といったいどんな関係があるのでしょうか」

Bは一瞬答えに窮したように見えたが、その戸惑いはもとの平然とした表情にかき消された。

「ああ、そのことね。計画、ただの計画だよ……」