苦い文学

カタカナの市

黒鍬市の市長が秘書に聞いた。

「最近のニュースで気がついたのだが、どうして水原一平のことを、外国人は『一平』でも『いっぺい』でもなく『イッペイ』というのかね」

秘書は答えた。「それは外国人がカタカナでしか話せないからでしょう」

「なるほど……」と市長はしばし黙考したのち、急に興奮して叫んだ。「ひらめいた!」

市長はさっそく市議会でこう提案した。

「黒鍬市をクロクワ市とする改名案を提出する! なぜなら外国人にとってより親しみやすいクロクワと改名すれば、外国人観光客の増加が見込まれるからだ」

反対するものなど誰一人いなかった。それどころか市会議員たちは、インバウンド景気を当てこんで観光ビジネスに参入した。

そして、ついに改名後はじめて、外国人観光客がクロクワ市にやってきた。市長みずから出迎えると、外国人は、観光に似つかわしくない神妙な顔つきをし、なにやらぶつぶつ言っている。市長は英語がわからなかったから、直ちに通訳を呼びつけ、訳させた。

「原爆ドームはどこだろうか?」

通訳は小声で市長に告げた。「外国人は、カタカナの日本の地名はみな被爆地だと思っているのです」

「なに?!」と市長は驚愕したが、すぐに落ち着きを取り戻し、こう外国人に申し出た。

「原爆ドームをご覧になりたいのですか。少々お待ちください。特別にご案内しましょう!」

市長は市役所職員を呼び集めると、長いこと空き家になっている民家を一軒、徹底的に破壊させた。そして外国人を連れて行くとこう言ったのであった。「原爆の爆風で壊された民家です。原爆の恐ろしさを忘れないようにそのままにしてあります」

「オー、ノー」と外国人は悲痛な表情を浮かべた。

いまでは、クロクワ市は外国人のお気に入りの観光地のひとつだ。クロクワは、ヒロシマとナガサキに負けないようにと、原爆の惨禍を強調し、その結果、市の半分がメチャクチャに破壊されるまでになった。

「過ちは繰り返しません」という石碑まで立っている。