異国の安宿でもっとも貴重なものはトイレットペーパーだ。
国によっては便器の脇にノズル付きホースが設置されていて、それを使って水で洗浄する仕組みになっている。だから、トイレットペーパーなど必要はない。軽視されている。なくたっていいと思われている。
だが、私は必要なのだ。これがないと、木べらで拭っていた時代に逆戻りするのではないかという潜在的な恐怖がそうさせるのでしょうか。
なので、備え付けのトイレットペーパーを大切に使う。部屋を出るときは、周到にトイレットペーパーを隠す。なぜなら、そうしないと、ベッドメーキングの時に「まだあるな。大丈夫だ」と新しいのを入れてくれないからだ。
日本から1ロール持参におよぶこともある。これをうっかりテーブルの上かなんかに置きっぱなしで外出してしまったときはショッキングなことが起きる。
ベッドメーキングの人がこれを見て「まだあるな。大丈夫だ」と新しいのを置いておいてくれないのだ。
「ちがう、これはホテルのじゃないっ。私のだっ!」
後からどんなに叫んでも、虚しく響くばかりだ。
そして、なによりも恐ろしいのはシャワーヘッドだ。安宿なのでシャワーヘッドを引っかける器具はぜったいに壊れている。だから、たいてい水栓の上にそっと置いてある。
そこでうっかり水栓を捻ったらどうなるか。シャワーヘッドはたちまち暴れ馬のようになって、バスルーム中に水を撒き散らす。
慌てて取り押さえるが、そのころには脇のトイレに置かれていた貴重なトイレットペーパーはすっかりずぶ濡れになっている。
もはや尻も涙もぬぐうすべはないでしょう。